備蓄通帳のゼロの値

ボクが小学生の低学年の時のコメントです。
粗筋を思い起こすことは出来ないが、兄がママと小学生の卒業までに10000円を貯金できるか否かの競合を行うこととなった。負けたほうが勝った側に500円を支払うという内容です。面白いことになったと思った。兄は気分屋で、秩序立てた行為などやれる筈も無い。競合は当然ママの成功だと。
二人は微笑みながら誓約書を作り、パパの袋金庫にそれは仕舞われた。そうしたら半年後、結果は言うまでもない。
ママが兄に500円レーベルを請求したことは無かったというが。

昔のメニューはほとんどが結実わたることが無いだろう。
私も同じように考えていて、蓄えに励んでいた年があった。ところが、その結果は…。

今にして思えばさして絶対とも思えない作用に貴重なキャッシュが費やされていたという。改善期に必要な一種の及第礼節だとも当てはまるが、言い訳する理由としては力量が弱い。
多くはない我が家の財力ではあったが、父母はでも二人の三男に有るお年までは自由に払えるコストを与えてくれた。
その訓練を考えずに、目前の、製品の残らないやり方で散在(大した額面ではないものの)したのは、私二人がキャッシュに甘かったからではないのか。
兄も二人の子の夫となった。その訓練は身に染みて掛かるだろう。私も薄い金袋を肉親に引き取り、日々を送っている。銀行カードローンの審査が甘いらしい